美術

ある日の演奏覚書その5〜観光編・現代アート①

旅程の半分は演奏会絡みだったので、十分に時間を費やすことは叶わなかったが、いくつか印象深いアートに触れることができた。

どの場所を訪れても必ず、一人でじっくり作品を鑑賞している人がいて、素敵な時間の過ごし方をなさっている様子が格好良かった(東京では団体客をよく見かけるのと対照的)

猪熊弦一郎現代美術館 MIMOCA

香川県丸亀市。予讃線丸亀駅からすぐ。

<常設展>猪熊弦一郎展 画家としてのはじまり

猪熊弦一郎氏は高松市生まれ。少年期を香川県で過ごした。
1938〜1940フランスに遊学中、マティスに学ぶ。

「マチスに絵を見てもらった時「お前の絵はうますぎる」と言われた。マチスから自分の絵になっていないと言われたと思って本当に恥ずかしかったという。
うまく書くということは人によく見てもらいたいと思って描くことで、思ったことを素直な、虚飾のない姿でカンバスにぶつけることが一番大事と思い知らされた。
マチスのこの言葉は一生を通じて最も大きな教訓となった。」
(長原孝弘著/MIMOCA開館30周年記念 どこにもない美術館を目指して 2021年発行冊子より)

つい最近東京でマティス展を観たばかりだったので、その繋がりがなんとなく嬉しい。
しかし、、30代半ばに自分の尊敬する人からこういう言葉を投げかけられたら、けっこうショックだろうな。少しはマシになってきたかも?と思っている自分をぺしゃっと潰されたような気がするに違いない。(似たような経験あり、あぁいたたまれない。)

現在展示されている中で気に入ったのは「対話彫刻」という立体作品。チョコレートの包み紙や針金を材料にした細長い昆虫のようなものが、いろいろ。ユーモラスでかわいい。

2万点の所蔵品があるそうなので、他の油彩も見てみたい。

作品ではないが、彼の小物コレクション、小家具など日頃手元に置いてあった品々はどれも相当私好み。

猪熊氏はMIMOCAに子どもとアートの出会いの場、心が元気になる場「心の病院」であることを求めていたそうだ。「肘掛け椅子のような絵を描きたい」という言葉を残したマチスと方向性が似ていると思うのは私だけだろうか。

イサム・ノグチ 

<観光編・食> で紹介したカフェMIMOCAのテーブル席に座ると、目の前の大きなガラス窓から広場のような屋外開放スペース(カスケードプラザ)が見渡せる。
正面の壁には滝のように水が流れていて、その手前にイサムノグチ作品の自然石(玄武岩)が当たり前のように立っている。

実は、あまりにも自然に風景に溶け込んでいたので、東京に戻ってこれを書き出してから初めてその存在に気がついた(思い出した?)
その時は、お茶しながらぼぉ~っと、広場で遊んでいる家族連れや、黄色い彫刻(トライアングルアンドレインボーというらしい)や滝の水を眺めていて、自然石はそこにあったけれど色も地味で(石だけに)、なんとなく目の端に映っていたくらい。
でも存在感はダントツだったのだろう。そうでなければ何日も経ってから思い出したりしないもの。う〜む驚きだ。これまでで一番凄いと思ったイサム・ノグチ作品。

設計 谷口吉生

MIMOCAは
館内どこにいても、伸びやかに空間が広がって心地よい。
呼吸がゆったりする。
ここ好きだなぁ。。

ずっと離れた東北、山形県酒田市に土門拳記念館がある。
酒田を訪れたら、足を伸ばしたいお気に入りの場所。
土門拳氏の写真もさることながら、山上にすっと現れるその建物が好き。爽快感がある。

なんとこの設計も谷口吉生氏。そして、イサムノグチの彫刻もある。
偶然だけど、ちょっとした驚き。

土門拳記念館にあるイサム・ノグチ作品「土門さん」はこの夏、開館以来40年ぶりに洗浄された。屋外の彫刻はお手入れが悩ましい。

現代アート②に続く