レッスン便り

<自分の声を知りたい> 会社員Eさんのレッスン(後編)

レッスンを始めたいと思った動機は自分の声を知りたいから、と仰っていたEさん。

正直、戸惑いました。
おっしゃる意味が理解できるような、できないような、、私自身も自分の声などいまだに分かりません。

Eさんが望むものが何か、具体的には不明のままでしたが
最初から答えがわかっているならレッスンの必要ありません。
そこで、まずは無理なく声を出す方法について、呼吸を皮切りに一緒に整理していくことにしました(*前編をご参照ください)

〜唯一無二の楽器〜

『声』は発音器官が体内にあるので、自分に聞こえている音と、他人に聞こえている音が違います。少々厄介な点です。

また体がそのものが楽器なだけに、体調の影響も直に受けますし、経年変化も激しい、繊細な楽器です。でもそれゆえ「話す」にしても「歌う」にしても、人の心に直接届きやすく、ふれ易いように思います。

唯一無二、その人だけが持つ魅力的な楽器です。

〜歌う〜

『歌う』という行為が楽器演奏と大きく異なるのは、歌詞があることです。
言葉ですから何かしら意味をもち、音程のあるものを、作曲者と自分の意図どおりに演奏するためには、順序立てて考え実行するプロセスが必要です。ひとりごとやお風呂で歌う鼻歌のようにはいきません。

しかし、考えすぎたり、無理に何かをしようとしても、うまくいきません。
ここが難しいところです。

Eさんは、中高コーラス部に在籍されていましたが、それ以降歌う機会は殆どなかったとのこと。少々照れ臭そうなご様子で、馴染みのある童謡を一節歌ってくださいました。
澄んだお声で、音程も正確です。高い声も比較的楽に出せていました。

とくに人前で歌う予定があるわけでもなく、ご自身の探究のためですから、これでも十分でしたが、あえて取り上げるとしたら、息の流れについて。
もう少したっぷりあるとどんな変化が起きるだろう、と思いました。

〜観察と実験を楽しむ〜

童謡から一転、リズミックな昭和歌謡(マラカス使用)、民謡(鼻濁音強調)、映画音楽(英語歌唱)など、遊び心満載で、色々なタイプの曲に取り組みながら観察と実験を繰り返しました。

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ある年の暮れ、Eさんから年越しメールをいただきました

「今年は大変お世話になりました
今日になって、突然、自分の声の出し方の区別がつくようになりました。
ちょっと歌っていたら、空気を送って蝶形骨が振動しているであろう位置は、思っていたよりも前面側であることに気づきました。
更に、鼻声で響く位置よりもちょっと下側であることも気づきました。
自分の中で響く位置の区別がついたのは、私には大発見です。

そのまま普通にしゃべることもできました。
喉の圧迫を感じることなしに、楽に話せます。
これが多分、自分の声だと腑に落ちました。
まだ練習はいりますが。

お蔭様で、長年の課題がここでひとつ解消しそうです。
忘れないように、報告させていただきます。
これは絶対に美季さんのご指導のおかげです。
来年もどうぞよろしくお願いいたします」

なんだか一足早くお年玉をいただいたような気分でした。

英語が堪能なEさんは海外の文献を読まれたり、講習会などにも参加なさるので、その情報交換をしたり、私も毎回勉強させていただいてます。

これからもEさんと声の探究は続きます。